その唇は紅き血に濡れて

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  こんなにも甘いのは、花の悪戯か、君の香りか    

俺が初めて吸血発作を起こしてからもう5年がたつが…………自分でもよく生きてきたものだと思う。
植物を自由自在に操る俺の能力と、の協力。
これらがなければ俺はこのように生き延びることはまず出来なかった。






俺は“夜魔の一族”の1人でありながら、ほとんど血を飲むことが出来ない。
血を定期的に飲まないとやがては衰弱死するという性質はそのままなくせに、その生きていく上でどうしても必要な血を俺の身体は頑なに拒否する。
この“夜魔の一族”の中でもひときわ特異な体質である俺は、自然と一族の中で浮いた存在となり、一族の集まりにも一切顔を出さなかった。






中学生になったばかりの頃、父親は俺をある広大な邸へと連れて行った。
使用人らしい老婆と父は二言三言の会話を交わすと、2人とも俺をその場に残して何処かへと去って行く。
(……………すごい庭園だな…………)
ぐるりと辺りを見回して見ると、どうやらどの部屋からも四季折々の花々が見えるように計算された造りの、趣味のよい庭園。
薄い靄に包まれたそこは、まるで夢幻郷のようだ。

『…………………お客、様?』
ジャリ、と庭下駄が軽く玉砂利を踏む音。
それと共に現れたのは、薄紅の着物を纏った少女だった。
ドクン
『………………………………!』
流れる墨のような艶やかな黒髪、紫水晶を思わせる深い瞳、着物と同じく鮮やかな薄紅の唇。
ドクン
彼女の全てに目が奪われて、ただ1つの思いだけが俺の総てを支配する。

ドクン
ドクン
ドクンッ


―――ホシイ

――――ほしい

―――――彼女の………血が、欲しい。

その思いはまるで熱病のように俺を侵してやまず、一瞬で俺を捕えるのには充分すぎる芳香を放っている。
―――……今も、かけらも色褪せることなく。
『父が言っていた……幸村、精市さん?。私はといいます』
これがただ1人、俺がその血を欲してやまない少女、 との出会いだった。

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