思えば今日はツイてなかった。
今日が期末試験の最終日だっていうのに目覚まし壊れてて、起きたの遅刻確定15分前だったし。
しょうがないから牛乳1杯だけ飲んで、身支度もそこそこに家飛びだして。
おまけにレールの上に置き石があったとかで電車が来るのが結構遅れて。(見知らぬ他人にここまで殺意を覚えたのはひさしぶりだ)
急に降り出した雨の中、傘もささずに(ってか持って来てない)全力ダッシュでぎりぎり予鈴が鳴る寸前に教室に駆け込んで、
濡れた髪を充分に拭かずに慌てて教科書やらワークやらを開いて意地汚く足掻いてみたりしていたら、そりゃあ風邪の1つも引くでしょう。


















「お………終わった…………………」

高らかに鳴り響くチャイムの音と同時にあたしはパタリとこの4日間の血と汗と涙を共に経験したシャーペンを机の上に転がした。

ありがとう相棒、お疲れ様でした相棒。
奇妙な愛着が湧いた筆記用具たちをペンケースにしまって、試験監督への挨拶もそこそこに席を立つ。



(あー……なんか具合悪いな………病気かな………後で保健室寄ってみよう、うん。)


ほんの一瞬、クラリとした目眩が襲ったかと思うと、妙に手足がカッと火照りだしてくる。
頭がずくずくと疼く鈍痛を訴え、腰がなんだか一ヵ月に一度の月からの使者が来た時のように重だるい。


そんな体からの警告に従って、あたしは望美たちの遊びの誘いを断って保健室に直行した。










「………37.8度。微熱だけど立派な風邪ね。さっさと帰って薬飲んで寝なさいねー」
「あ、じゃあ薬くださ」
「アラやださん、保健室は薬局じゃないのよ?ちゃっちゃと家帰ってベッドに沈むか私の手で床に沈むか選びなさい?」
「ハイすんまっせんでした直帰するんで床は勘弁して下さい先生」


噂では元レディースのヘッドだったらしい美人保険医のドスの利いた優しいアドバイスを受けて、
あたしは若干フラつく足取りで校舎を出るとほてほてと校門を目指した。


(あ…………そういえば将臣に何の連絡もしなかったな………ま、今日いっしょに帰る約束してる訳じゃないしいいか。帰ったらメールでも送れば)



付合ってもうすぐ半年になるだろうか、将臣とは。

2年の一学期ぐらいまでは特に会話もしないクラスメートだったのに、望美がきっかけで話すようになって。
音楽の趣味が不思議と似通っていて、何回かCDの貸し借りをして、またそのCDの話で盛り上がって。
将臣がバイト先のツテからチケットを入手したそのCDのバンドのライブに一緒に出かけたこともあった。












『なぁ。俺ら付合わねぇか?』


週番日誌をカリカリ音を立てて(微妙に手抜きして)書いている真っ最中に、
「いっしょに購買いかねぇか」みたいな口調で言われたものだから、あたしは最初将臣に告白されたのだという事実に気付かなかった。


『……………………はぃ?ちょ、今なんて言ったんすか有川くん』


初めは新手の冗談か、それともあたしにとって都合のいい幻聴か何かかと思ってたのに、
顔を上げてみれば視線の先に将臣の真剣な瞳があって。

思わずあたしはひゅっと小さく息を飲んでしまっていた。


『俺たち付合わねぇかって聞いたんだよ。なぁ…………俺じゃ、ダメか?俺じゃ、お前の特別にはなれねぇか?』
『い、嫌じゃ………ないんだけど………』
『………………………けど?』


けど、ちょっと不意打ちすぎやしませんか、将臣さんや。

自慢じゃないがあたしの恋愛経験値などタカがしれている。
友人として付き合いだしていくうちに惹かれていった相手から告白されて、嬉しくないはずがない。




なんか頭がぐるぐるする。
いや、答えはもう決まってるんだけど、ちょ、もう、どうしたらいいんですかあたしは!!



『けど、ちょっと混乱しちゃって。………あーもう、なんて言えばいいんだろ』


この状態から抜け出すためにパンッと軽く自分の両頬を叩くと、将臣が呆気にとられた顔であたしを見た。


『えと、その…………………よろしく、お願いします……………』
『………………!!おぅ、よろしくな?彼女さん』
『こちらこそよろしく……………彼氏、さん。』



えーと、なんていうか、これがきっかけであたしたちは付合いだしまして。
まぁまぁ、上手くいってる方じゃないかなーとも思う。
ってアレ、これってもしかして惚気?



















頭の中がパニックを起こしそうになったのを熱のせいにしながら、あたしは一応携帯のフリップを開いて着信チェックをした。


(…………あ、望美たちからメールきてるな……へぇ、カラオケ中か)


どうやら彼女たちをえらく心配させてしまっていた様なので、体のダルさのせいか若干いつもより遅いタッチでぽちぽちキーを押して返事を送った。


(あ、ついでに将臣にもメールしとくか………えっと、)


望美に返信してすぐに閉じた携帯をまた開こうとした瞬間、グニャリと世界が揺れた。


(…………………………あ、)


続いてグラリと大きく視界が揺れる。


(…………………………あ、やば)








倒れる、と半ば他人事のように考えた刹那、あたしの背中をしっかりとした腕が支えていた。



「………っと、ギリギリセーフってとこか?」
「…………あ、将臣」
「あのなぁ、“あ、将臣”じゃねぇだろうが」


なにやってんだお前はとぼやきながら、将臣はあたしをちゃんと立たせてくれた。


「ちょっと風邪引いたみたいでさ、保健室寄ってたの」


そう告げると将臣は心配そうな瞳になって、そっとあたしの額に触れた。


「熱……はやっぱり高いな。、今日お前の家に誰か帰ってくるのか?」
「父さんが海外出張で………あ、確か母さんは実家の法事の手伝い行ってるはず」
「マジか………あー、どうすっかな」



駅への道をいっしょに帰りながら、将臣は耳元に手をやってなにか考え込んだ。


「どうするって、なにが?」


たぶん将臣はいつも通り家まで送ってくれるんだろう。
だけど、そんなに考え込むような問題があるのだろうか。



「あー、いや、なんでもないんだ。」







(………………………?変な将臣。)




















『次はー…──。──駅です』


もうすぐ降りなければならないことを告げるアナウンスを耳にして、あたしは寄りかからせてもらっていた将臣の肩から顔を上げた。


(あ………、もう駅か…………)


「お、起きたか。調子どうだ、?」
「んー………。まだちょっと背中がぞくぞくする、かな。」


あの奇妙な熱さと悪寒が同居する感覚は、まだあたしの体の中でハッキリと自己主張している。


「そうか……………………」


はふ、と思わず漏らした息とほぼ同じタイミングで、あたしたちの乗る電車は駅のホームへと滑り込んだ。


「じゃ、降り………っ?え、どうしたの、将臣」


鞄を持って立ち上がろうとすると、くいと将臣の指があたしのブレザーの端を掴んで引き止めた。


「―――っし、決めた。、今日は俺の家に泊まってけ。」
「…………………はぁ!?え、なんでそんなことに」


1人で大丈夫なのに、と首を傾げてみせると、将臣はひとつ溜息をついてこう言った。


「馬鹿、そんなに顔色悪い奴をたった1人で放ってなんかおけるか。
なんならあとでお前のお袋さんには俺から話をしておくから、頼むからそうしてくれ。……………心配なんだよ、このままだと」


その表情に、言葉の端々に、将臣が本気でそう思ってくれているのが分かるから、だから。


「…………………………………ハイ。」


コクリとうなずいたあたしの背後で、電車のドアが音をたてて閉じた。















「…………お邪魔しまーす」
「お袋………は買い物か。、取りあえず俺の部屋上がっとけ。場所は分かるよな?」
「あ、うん。」


トントンと階段を上って、向かって左側が将臣の、右側が譲くんの部屋。
その左の方にあたしは入ると、ぐるりと辺りを見回した。



(なんていうか、相変わらず将臣らしい部屋というか)


決して汚くはない。むしろ従兄弟の部屋とかとくらべて綺麗な方だと思う。
壁に貼られている修学旅行の時に撮った海の写真とか何個か見覚えがあるCDが並べられたラックだとか、
雑然と床に積まれた雑誌の山だとか、とにかく、至るところに将臣の“らしさ”がにじみでている。



「………ん、どうかしたか?ほら、お前には大きいかもしれないが、俺の中学時代の服着とけ。まぁ制服着たままよりはマシだろ」
「あっ、ありがとう。………ふふ、やっぱぶかぶかだね」


将臣が持ってきた袋から取り出したTシャツとハーフパンツをうけとってお礼を言うと、将臣が何故かニヤリと笑った。


「なんなら、着替えるの手伝ってやろうか、?」
「………………これくらい1人で大丈夫ですっ、このエロ臣!!」



仮にも病人に向かってなんてことをほざくのだ、こいつは!




「お、そんだけ言えるならまだ大丈夫そうだな。俺は下でちょっとやることあるから、お前は着替えたらそこのベッドで寝とけ。」


からからと笑いながら将臣は開けっ放しだったドアを閉めて下へ降りていった。


(………………ったく………………)


脱いだ制服をその場にあったハンガーに掛けさせてもらうと、あたしはもぞもぞと
将臣が出してくれたTシャツに袖を通しハーフパンツをはいて、ベッドに倒れこんだ。




「……………あーー…………」


横になってみると、改めて自分の体調が良くないのがはっきりと分かる。


(これはやっぱり将臣のお言葉に甘えて良かったかな…………)


正直に言って腕を上げることさえおっくうな今の状態で、両親が帰ってくるまで自分の面倒を見るのはひどく困難に思われた。
まるでふかふかのベッドと枕に重くだるい身体や意識が吸い込まれていくように、私はこんこんと眠りこんでいった。



















控え目にノックをすると、俺は静かに部屋のドアを開けた。


?……………………………寝てるのか。」


小声で呼ばれた名前に反応したのか、は軽く寝返りをうつ。
額にうっすらと浮かぶ汗に、けっして安らかとは言えない少し苦しげな寝顔。


(……………なーにが“1人で大丈夫”だ、心配させやがってこの馬鹿が。)


薬やらなんやらを乗せたお盆をそっと床に置いた俺は、汗を拭って少し湿ったの前髪をかきやった。

が着替えている間に近所のドラッグストアに買い出しに出かけて、
スポーツドリンクや風邪薬を買い込んで家に戻ると俺はの携帯を拝借しての母のアドレスを呼び出した。



「―――……あ、のお母さんですか?有川です。実はですね…………」


一度の家に招待されたおかげでの母と顔見知りであったことに感謝しつつ、
手短に事情を伝え今夜はうちに泊まらせて看病させてほしいと頼み込むと、意外にもあっさりとOKが出た。


『ごめんなさいね、明日の昼までどうしても抜け出せないの。御迷惑だと思うけれど、こちらからもお願いしていいかしら?』
「いえ、こちらから言い出したことですから。いざとなったら病院にも連れてきますんで。―――はい、それじゃまたご連絡します。」


ぱたりとフリップを閉じてテーブルに置いてから、そっと溜息をこぼす。


(とりあえずやっとかなきゃならないのは…ま、…………こんなもんか。)



幼いころ、俺や譲が熱を出したときにお袋が看病してくれた記憶を辿りながら、何か抜け落ちがないかチェックしつつ俺は台所へ向かった。



「さて、なんか使えるもんあったっけか………………。」


























の額に冷えピタを貼ってやると、その冷たさにかが一瞬ピクリと体を震わせた。


「……………んっ…………。」


がなにかもにょもにょと何か小さな声を漏らして、その手を何か探し求めるように動かした。
思わず差出されたそれに触れると、離す隙も与えず俺の手をきゅっと華奢な指が握りしめる。


(…………………………………。)


今この瞬間、俺は心の底から運命とやらに感謝する。
あの時代から戻ってこれたことを、こうしてこいつが苦しんでいる時に、たとえほんの少しでもそれを和らげてやれる位置にいることに。







時折、と一緒にいると、ふっと考えることがある。






『俺はお前に3年越しの片思いをしてきたのだ』と、
『お前のおかげで俺はあの時代を生き延びてこれたのだ』と告げたら、こいつはどんな顔をするのだろうか。






京にたった一人で流されてしまった時に、俺の記憶に何度も何度も繰り返しよぎる思い出は弟でも幼馴染でもない、ただその頃よく喋るようになったクラスメートだったとのものだった。


確かに譲や望美の安否は心配だったし、町に出れば見覚えのある姿がないか探し求めてもいた、それでも日毎夜毎に思い出されるのはとの他愛ない会話ばかりで。
それに気付いた時には、あまりにも近くにいすぎて気付けなかった恋心を、遠く離れたあの異世界で自覚するなんてなんとも皮肉だと自虐的に思ったものだ。






(でも世話になった平家の連中のために一度は帰るのを諦めたんだ、まさか、また戻ってこれるとは思ってなかったんだぜ?)




半ば無理やりに忘れようとしていたへの気持ちも戻ってこれたその反動からか
もう抑えがきかなくなって、気がついたら告白してたのには俺自身驚いた。



(どんだけ飢えてたんだよ、俺)







他愛ない会話を交わし、そばにいるだけでもうたまらなくなるほどにこいつを求めてしまうほどに。







「……………悪ぃ。たぶんもうお前のこと手放してやれねぇわ、俺」


まだ手の中に持っていた冷えピタの包装紙をくしゃり、と握りつぶして空中にその言葉を押しだすようにして呟くと、
まるでそれを合図にしたかのようなタイミングでがぱちりと目を開けた。



「ん………、はよ、将臣……………。」


まだぼんやりとした寝ぼけ顔で、は額に貼られた冷えピタに手を当てると「冷やっこい」とぼやいた。


「それがいいんだろうが、冷えピタは。………具合、どうだ?鳥粥作ったけど、食べれるか」


譲じゃなくて俺が作ったから、あまり味の保証はしないけどな、と続けると、はふにゃりと笑った。


「なんで。将臣が作ってくれたんでしょ?食べるよ。………っていうか、食べたい。」













「ほら、熱いから気をつけろよ。ちゃんと水分たっぷり取って、栄養つけて汗かいて、とっとと風邪治せ。」


小振りな片手鍋と食器類を持って再び部屋に戻って来た将臣は、お茶碗に軽くお粥をよそって渡してくれた。
ふあっと部屋中に漂ういい匂いと手のひらに伝わる温かさに、思わず表情が緩んでしまう。


「ありがと。………いただき、ます」


あたしはレンゲでそっとお粥をすくって口に運ぶと、ゆっくりと味わった。
口中にほんのりしたお醤油とダシの味が広がる。鶏ささみと細かく刻まれたザーサイのバランスもいい、優しい味わいだ。


「…………おいしい!鶏粥って初めて食べたけどこんな味なんだ。」
「冷蔵庫に昨日の蒸し鶏の残りがあったからな、活用してみた。つっても、別にこれが正式な鶏粥ってわけでもないぜ?本当ならお粥に味はつけないからな。」
「あ、でもあたしこの味付け好きだよー。なに、これってもしかして有川家の味ってヤツ?」


そう言いながら二口めを口に運んでいると、将臣が爆弾発言をさらっと投下してくれた。


「まぁ、な。よーく覚えとけよ、その味付け。うちには譲っていうこうるさい小姑がいるからなー」
「………………………っっっ!?」
「おい、大丈夫か?………ホラ、これ飲め。」


思わず盛大にむせたあたしの背中をさすり、将臣はコップについだスポーツドリンクを差し出してきた。
勢いよくそれを呷り、ようやく一息つけたあたしはおそるおそる声を発する。


「あの、将臣サン。それってどういう……………」
「さてな。答えは……………」


将臣はすっとあたしの左手を取ると軽く薬指に口付けてみせた。


「…………………自分で考えろ。」
「………知らないっ!(あぁもうチクショウこの天然タラシが!!!)」


思わずバサリと掛け布団の中に潜り込むと、楽しそうな笑い声が上から降ってきた。








「じゃ、これからゆっくり気付かせていってやるよ。来年でも再来年でも、何年かかったとしても。」


そう言って将臣はかぶっている布団ごとあたしをぎゅっと抱きしめた。
















、高3。
将臣の言葉の意味は、まだ当分わからないふりをしているつもりです。












   I am so glad that I was able to meet you
                         (君と出会えたことがこんなにも嬉しい)






                                                          

                                       自分も将臣にお粥作ってもらいたい、看病されたい、と管理人とシンパシーが通じ合った方はぽちっと








>>>後書きってかもう既に言い訳のコーナー、うん
ハイコレやっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!なんだこのバカップルども。
今回やってみて分かったのは、人間テンパるとどんな甘甘でも描けちゃうんですね。
ちなみに私以前定期テスト3日前に主人公と全く同じ症状の風邪ひきまして。
自分だったら誰に看病されたいかを妄想してこんな結果にorz
でもまぁやっちまったもんは仕方ありません(開き直り)、自分の人生には後悔は積もるほどありますがこいつに罪はない。
こんなんでよかったら楽しんでやってください。






foward march







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