正直リリには少し悪いんだけど、魔法のヴァイオリンが壊れてしまったのがコンクールの最中で良かったと思う。


「はいはいっと……なんだ、また来たのかお前さん」
「えぇ、まぁ。それより先生、質問いいですか」

だってなんのかんのと理由をつけて金澤先生に会いにいけるから。







Q and A -Question from you-






「――…でさ、7組の男子がねー」
「あっねぇねぇ、昨日のMステ見た!?」
「今日の小テストって範囲どこだったっけ?」




(………なんともまぁ、姦しいというかなんというか。)




休み時間ごとに見られる女子のおしゃべりというのは、本当にとりとめもない。
そしてかく言う自分も彼女らと同じ年齢だというのに気付いて、少し苦笑しながらおかずのウィンナーを口に運ぶ。






「………ー?どうしたの、ぼぅっとしちゃってさ」



そう声を掛けられ、答えようとした瞬間に別の友人に遮られてしまった。


「疲れてんじゃないの、?もう最終セレ近いもんね。あんまり根詰めすぎちゃダメだよ」
「うん、ありがとう。また応援来てね?」

「そういえばセレクションていえばさー、やっぱりほら、あれだよね、ヴァイオリン・ロマンス!!」



そこからの会話はまさにマシンガントークと呼ぶのにふさわしかった。
火原先輩ってジャ○系だよね、とか月森君ってクールビューティーって顔じゃない!?とか
いやいややっぱり志水くんでしょ、いやーやっぱり年下最高!とか。
他にもやれ(あの腹黒)柚木先輩とか、スポーツマン要員で土浦君とか、やさしそうってなことで王崎先輩とか。



彼女たちの話題に上がらない人っていうのは彼女たちにとって範囲外なのだろうか、それとも私の好みがマニアックなのか、その両方か。
私は何度も何度も喉から迫り上がってくる言葉を飲み下して、無理やりに笑顔を浮かべる。







(言えるワケないよね、「金澤先生っていいよね。私、先生のこと好きだな」なんてさ。)



冗談っぽく言ってしまえば“好きな先生”で通せるけど、私は声にたとえほんの少しであっても
“本気”を混じらせてしまいそうで、結局口には出せない。








++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++














第1セレクションの時、私は半ばヤケクソにヴァイオリンを練習していた。
土浦君は第2セレからで、史上初の普通科(ド素人)参加者は学院中から良い意味でも悪い意味でも注目を浴びまくった。








初日からいちゃもんつけられたりとか、クラスメートに好奇心丸出しの目で見られたあげく質問攻めにあったり。
ただでさえファータなんていうメルヘンじみたものを見て、そのファータに“魔法のヴァイオリン”なんぞを
託されてしまった直後だというのに──────本当に、気が滅入った。












授業が終わってからすぐ、予約しておいた練習室に向かった。
ここ2、3日練習している“メロディ”の楽譜を譜面台に並べて、こもった空気を追い払うために窓を思いっきり開け放つ。






(今日もいっちょ頼むよ、相棒)




その手に持ったヴァイオリンに心の中で声をかけてからひとつ深呼吸をして、私は演奏をする前の、
例えば宗教での神聖な儀式にも等しい心の準備を終えて構えて、弾いた。
















『なんでアンタなんかがコンクールに出るの。それなら、あたしが出たっていいはずなのに!』






そんなもん知るか。こっちだって代わってもらえるものなら代わってもらっている、そう思っていた。
有り得ないものを見て、いきなり触ったことすらヴァイオリン(魔法つき)を持たされて、
あんたたちみたいな人に絡まれて、ただでさえ少ない練習が更に減って。それでも、





(やってやろうじゃないの、って思うのは、ちょっとスポ根入っちゃってるのかな。アレ、それとも私ってMだったのか?)




チラリと心の端で恐ろしいことを考えて、それでも懸命に弾く。
前回何度も失敗した箇所を慎重にいって、毎日空き時間に読み込んだ
音楽史の本(なるべく初心者向けの選んだの、に高かったなあの本)で自分なりに解釈をアレンジしてみたり。



でも、何か足りない。
補助輪つきの技術力でも、解釈でもなくて、理由や名前の分らない“何か”が欠けている気がしてならない。
弾いても弾いてもその疑問は晴れるばかりか、ますます濃く深くなっていく。















「――――…練習、終了っと………。」



最終下校時刻15分前を知らせるチャイムを合図にして、私は弓を降ろした。
ぴんと張っていた弦を緩めて、そっとヴァイオリンケースにしまう。
借りてきた譜面台を返してこようとドアを開けたとたん、急に吹いてきた風にさらわれて、
ヒラリと数枚の楽譜が窓の外へと飛んでいってしまった。



「あーぁ…………。どこまで行ったんだろ」



全くもってツイていない。今度から弾いてない時はクリップで留めておこうと堅く心に誓いながら
せっかく開けたドアをまた閉めて、台を立掛けて足早に窓へ駆け寄ってみたら。



「おー、。この楽譜お前さんのか?俺の顔面目がけて飛んできたんだが。」
「え、あっ、すいません金澤先生!ありがとうございます、助かりましたー」


窓の外に立っていたのは左手でウメさん抱いて、右手には楽譜を2枚持った音楽教師の金澤 紘人だった。



「まぁ、これくらいは別に構わないんだが…………………それよりも、
「はい?」


先生はウメさんをそっと地面に降ろすと、じっとあたしの楽譜に目を落して言った。




「お前さん、ヴァイオリン楽しいか?」
「はぃ!?」


いきなり何を言い出すんだろう、この人は。


「………正直にいうと、まだそこまで行く余裕はないですね。他の参加者の人とは実力の差がありすぎるのは分かってるんです。
内心、私が辞退することを望んでる人が中にいることも。」


言い過ぎたかな、と顔色を伺ってみると、金澤先生は特に表情を変えることなく続きを促した。


「でも私はひねくれてるから、そういう人たちの期待通りに行動してあげるのは嫌なんです。」


傍から見たらどうでもいいような些細なプライドかもしれない。だけど、



「せっかく目の前に転がってきた新しい世界を、ろくに知りもしないまま手放すなんて、嫌なんです。」


青くさいことを言っているという自覚はあった。
でもどうせだったら、その世界を思いきり楽しんだ上で次の世界に繋げていきたいと思うその気もちは嘘偽りのない真実だ。




「―――――ん、けっこうけっこう。なんだ、お前さん分かってんじゃないか」
「ちょ、せんせっ!?」


意外と器用そうなごつい手がくしゃぐしゃと私の髪をかき回す。
突然のことに戸惑いつつも顔を上げると、そこには。


「…………………………………っ、」


手をのばせばその温度が感じ取れそうなほどに暖かくて優しい先生の笑顔が、あった。



「確かにお前さんの技術はまだつたない。演奏にも荒っぽい所や未熟な部分があるのも否定はしないな。
だがな、俺が断言できるのは―――まぁ、最終セレクションを楽しみにしとけ、っつーことだ。」


今度は悪戯っぽく笑うと、先生は窓枠に肘をついて私と同じ目線になると、ひらひらと楽譜を揺らしてみせた。



「最近なー、ここでサボっ………いや、ここにいるといっつもこれと同じ曲が聞こえてくるんだよ。」
「………………………え、」



「最初はお世辞にも上手いとは言えなかったんだが…………おもしろいんだよ、そいつの音」
「………………?おもしろい、ですか」
「あぁ。聞くたび聞くたび、毎回音が違うんだよ。俺が気になったトコばかり修正されて、改善されててなー。
しかも一風変わった解釈で弾いてくれるんだわ、これが」







(え、ちょっと待って、本当に、待って)


きっと、いや、たぶん今、金澤先生が話しているのは私のことなんだと、思う。





“最近”       “最初”      “聞くたびに音が違う”








(ずっと………聞いて……気にして、くれてた?)


精神的に参ってしまっていたからかもしれない。
でも自分の努力や結果をどんな形であれ知っていてくれた人がいるという事実は、少なからず私の気持ちを浮上させた。






「まぁ、そいつも………、お前さんも、1回聞かせたい奴の顔でも思い浮かべて弾いてみろや。
家族だとか、友達だとか………あぁ、好きなヤツってのも充分アリだな。
知ってるか、?そういう音ってのは、万人を惹きつけるもんなんだぞ」








がんばれと、そう言って激励された訳でも、よくやっているなと褒められた訳でもない。
でも金澤先生の紡ぎだす素朴な言葉たちは、さっき髪をなでた手と同じ優しさで悪循環の輪に陥りそうだった私を、連れ戻してくれた。











(私が弾きたい、聞かせたい相手、は)




「先生、私は……………………」

『6時になりました。まだ下校していない生徒は速やかに―――…』




不意に口をついて出た言葉は校内放送にかき消され、私は思わず口に手を押しあててしまった。






(―――――――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・今、)


私はなんて言おうとした?




「………やーれやれ、もうそんな時間か。ホラ、お前さんもそろそろ………って、どうした?顔赤いぞ、お前さん」
「いえ……………なんでも、ないです。あっ、あの、楽譜ありがとうございました。私、そろそろ帰りますね」


バタバタと慌だしく帰り支度を整えると、私はぺこっと先生にお辞儀した。


「じゃあ金澤先生、失礼します!」
「お、おう。気をつけて帰れよー」


金澤先生の呆気にとられたような声を背中に受けながら、私は早足で練習室を出た。














カツカツ、カツカツ、ローファーがいつもより早いテンポで床を打つ音が人のいない廊下に響く。
階段の踊り場まで来た時、だれもいないのを幸いにして私はへたへたとその場に座り込んでしまった。
もう靴音はしないはずなのに、それと全く同じテンポの鼓動が私の体の中で響いている。


「何言おうとしてんの…………………自分」


先生の言葉で連想したのは、ついさっきまで目の前にいた人物の顔、音楽教師金澤 紘人本人だった。
突然自覚してしまった想いはまさしく青天の霹靂に等しくて、そのあまりの衝撃は私を混乱させるのには充分すぎて。







(本人目の前にして、“聞いて欲しいのは金澤先生です”なんて言える訳ないでしょ…………)


いまだ治まらない動悸に溜め息をつきつつ、私は校門が閉じられてしまう前に出ようと心なしか力の入らない足に喝をいれた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++










………とまぁ、そういう私にとってはショッキングにも程がある出来事があってから、私は変わったんだそうだ、土浦くんに言わせると。







、タイミングいいなー。ちょうど今コーヒー淹れたとこだ、お前さんも飲むか?」
「飲みます!あ、そうだ。ミルクと砂糖もよろしくね、先生」
「…………………、お前さんだいぶ俺に対して図々しくなってきたな………………………」


最初は恐縮しながらここ来てたのにな、と笑いながら棚からマグカップを2つ取り出している金澤先生の背中を見ていると、
ふいに頭の中で土浦くんの言葉がフラッシュバックした。



『いや、。分かってないみたいだがお前は本当に変わったぞ?
最初は練習室に閉じこもりがちだったけど、今なんかは率先して人の多い所で弾くようになったしな。
……………それに、音色が変わったよな?まぁ、誰のせいか俺は聞きたくないが』

それが誰のことかは分かる気がする、と言って何故か哀しげに笑った土浦くんの表情が一瞬よぎったけれど、
コトリと音をたてて置かれた水玉模様のマグカップに回想は中断される。


「悪いな、スティックシュガー切らしてんだ。コーヒーフレッシュだけで我慢してくれや」
「あ、別にいいですよー。…………ありがとうございます」


ほかほかと暖かい湯気をあげるコーヒーを一口飲むと、まるでその湯気が体に吹き込まれたかのように温もりが心と体に染み渡っていった。


「あー……おいしいですねー………」
「だろー?やっぱインスタントより断然ドリップだな、コーヒーは」


いつだったか自分で話していた通り、先生は料理(っていうかコーヒーを淹れるのも)がめちゃくちゃ上手い。
実をいうとこうやって準備室に質問に来てあの水玉模様のカップでコーヒーをご馳走になるのは一度や二度ではないけれど、
一回も出されるそれがインスタントだった試しはなかった。





(そういえば、前に“やっぱりコーヒーはブルマンですか?”って聞いたら生意気だってデコピンされたっけ。)


思わずクスクスと思いだし笑いをすると、呆れた顔で金澤先生は口を開いた。


「なんだお前さん、急にニヤニヤして。………ま、いいか。で?今日は何の用だ?」
「スラヴ舞曲の楽譜を見せてもらいたいんです。あとよければコピーなんかさせてもらえないかなーって思ってみたりするんですが」





「………ほー、今回はドヴォルザークで挑戦か。別にわざわざコピーしなくたってそれくらいの楽譜ならやるぞ?」


(…………………………………?)


「ありがとうございます、先生」


一瞬、何故か先生の顔が強張ったように思ったのは気のせいだろうか。














しばらく先生がくれた楽譜についてやコンクールに参加している人達の話をしていると、急に先生の声が途切れてしまった。
なんだろう、今日の先生は様子がちょっと変だ。



「あの、金澤先生?どうかしたんですか」
「………なぁ、お前さん覚えてるか?最初のセレクションの時のこと」
「最初って………先生に楽譜を拾ってもらった時、ですか?」
「覚えてたか?そうだよ、あの時だ」


そう言いながら先生は立ち上がり、あの時の私がしたように窓を開け放った。
開かれたそこから流れ込んでくる風に煽られ、はたはたとカーテンが揺れている。



「あの時、俺は“最終セレクションを楽しみにしとけ”って言ったが………
正直、お前さんがここまで成長してくれるとは思ってなかったな」
「予想外、でしたか?」
「あぁ、良い意味でな。ステージに立って演奏してたは気付いてなかったと思うが………最初、客席側は結構ざわついてたんだ。
……まぁ、要するにお前さんのレベルがどれくらいかっつー内容だな。
でもお前さんが弾きだした途端に、観客席はピタリと静かになったんだ。
伴奏が始まってもまだヒソヒソやってた連中が、あっというまにの演奏に引き込まれてた」



あれは見ていておもしろかったな、と先生は軽く肩を震わせて笑った。



「そんなこと………あったんだ。全然知りませんでした」


初めてのセレクションの時はプレッシャーや他の参加者の演奏―――特に月森くんの―――に圧倒されて、
ヴァイオリンを弾くことだけしか頭にはなくて。観客席の変化になんて、とてもかまっていられなかった。


「おぉよ。面倒くさがってた普通科だって、がきっかけでセレクションを楽しみにするようになったって話も聞くしな。
………あぁそうだ、俺もお前さんの演奏楽しみにしてるうちの1人だからな?」
「………………………………………っ」




青い恋だと、人は言うかもしれない。だけど、





ねぇ金澤先生、知ってますか?
先生と窓ごしに話したあの日から、私がヴァイオリンを弾くときに想うのはあなただけなんです。



「………………先生。私、弾けてますか?誰かに聞かせるための、ヴァイオリン」


声が震える。カタリ、と音を立てて置かれたマグカップの中の茶色い波が揺れる。
先生は一瞬驚いたような顔をしてから、フッと優しい表情になった。


「――――――……あぁ。その相手が羨ましくなるくらいだ。お前さんがどれだけ大事に思ってるかが伝わるだけに、な」


どうしてこうこの人は私が欲しい時に欲しい言葉をくれるんだろうか、今も、あの時も。








(ごめんね、金澤先生。もう限界みたいなんです、私)




私が今からやろうとしていることは、きっと先生を困らせるのは分かりきったことなのに―――――なのに、止められない。
私は先生が出してくれたパイプ椅子から腰を上げると、ツカツカとあっけに取られている金澤先生のすぐそばまで歩み寄った。
そういえば先生が椅子に座っているおかげで、初めて彼を見下ろしたのだとどうでもいいことに気がつく。



「…………………おい、?どうし………」
「ねぇ 先生。その私が大事に想っている人が誰か、教えましょうか」









まるで喧嘩をふっかけている昔のヤンキーみたいに少しくたびれた白衣の襟元をガッと掴むと、
私は先生と自分の唇が触れあう寸前にまで顔を寄せた。



「………………なっ………………―――」

「―――あなたのことですよ、金澤先生。練習している時も、セレクションの時も、
私がヴァイオリンを演奏する時はいつだって、先生に届けばいいのにって思いながら、弾いているんです。」







、俺は………………………」


先生は何か言おうとしながら、思うような言葉が見つからなかったらしく結局口を閉じた。


「あぁ、別に今すぐ答えが欲しいわけじゃないんです。先生も混乱してると思いますし、
私も………………正直、そこまでの余裕はないですし。」




(あぁもうっ、震えんな私の手!)


「また質問来ると思いますけど、自分の気持ち、とか。そういうの、なるべく出さないようにしますから。だから、」



避けないで下さい、とつぶやいて私はぎゅっと握りしめていた白衣を放すと、すっと先生から一歩離れた。


「………今日はもう帰りますね。コーヒーごちそうさまでしたッ!」
「ッ、おい待て!!」


言いたいことを言ってしまうと、急にきまりが悪くなって逃亡を試みた私を引きとめたのは、先生の手だった。


「ったく、言い逃げはねぇだろうが、普通。・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、振り向くな。そのままそっち向いとけ」


思わず振り返りそうになった私を、先生の声がそっと押しとどめた。
先生の手が掴んでいる部分から、じわじわと熱が広がってゆく。




(あ、やばい。絶対に私の耳、真っ赤だ)




どこにやったらいいか分からない視線をうろうろと動かして、結局足元に落ち着いた。



「あー………、今から俺は独り言いうから。お前さんは黙って聞き流せよ?」
「……………………………………は、い」



金澤先生のなにか吹っ切ったような声と、とぎれがちな私の声がたった2人しかいない準備室に響く。


(なに、これ。なにが起こってんの、今)

自分が予想外に引き起こしてしまった事態はすでに私の脳のキャパシティの限界を越え、思考すらままならない。









「俺はな、第一セレクションからこっち、ずっと参加者の練習してる所やら演奏してる所に立会ってその音色を聞いてきた。
その中にはハイレベルな技術を持った奴もいたし、華やかな演奏で人気を集めた奴もいた。」



知ってる。アドバイスこそなかなかしてくれないけど、先生はいつだって私たちをただ黙って見ていてくれた。
一見めんどくさがりながらも、コンクールを陰で支えてきてくれた人だってことも。



「けど、な。俺がいつも心惹かれたのはそいつらの音色じゃない。
………………なんだかんだで、誰かさんが音を聞かせに来るの心待ちにしてる自分がいたんだよ、困ったことにな」






電気がついていない室内に、赤い夕陽の強い光が遮光性のないカーテンを通してきれぎれにさしこんでくる。
あまりの偶然に思わず笑いたくなってしまうほど、今この場所は限りなくあのときと似通っていた。




(やめてよ、金澤先生。勘違いしちゃうじゃないですか)


なにを言っているんだと、冷たく拒絶されるだろうことを覚悟していたのに。
こんなにも嬉しい言葉をかけられたら、万に一つもないはずの可能性にすがりたくなるじゃないか。








(これ以上聞いたら私はきっと、)


そう思った瞬間、すでに体は動いていた。
私は掴まれていた腕をふり払うと、ヴァイオリンケースを抱えこみながら立ち上がる。




「――――――先生。すいません、もうこれ以上聞ける余裕ないです、私」



その時の私の表情はきっと情けないことになっていたと思う。
眉間の間がどんどんと熱くなって、じわりと視界がにじんでいくのが自分でもはっきりと分かった。
私は慌てて先生からパッと顔をそむけ、何も言わず準備室を飛び出す。








「……………………………………!!」



背後のドアが閉まる一瞬の間に何か金澤先生の声が聞こえたのだけど、それはすぐにドアの音にかき消されて聞き取ることは叶わなかった。















「……………………っはぁ……………」






練習しようなんて気分になれるはずもなく、私の足は自然と人気のない裏門へと向いている。
出来ることなら誰にも、今の私の顔を見られたくなかった。


(好きになっちゃいけないって分かってる人を好きになって、告白しておきながら、返事が怖いからって逃げだした臆病者の顔、なんて)












「………………、おい、待てって!!」
「…………………あ……土浦くん…………?」
「どうした?声かけても気付かないし、顔色もよくないし…………なにか、あったろ?」
「あはは、大丈夫だよ。な……にもないか、らっ……………」






必死で言い繕おうとしても、だんだんとその声が涙声になっていくのを止められない。



自分の心が分からない。気がついたら告白してしまっていて、先生に最後まで言わせないで逃げだして。

(最低じゃん、私……………………)







無意識のうちに零れでてくる涙に邪魔される視界に、焦り顔の土浦くんがぼんやりとにじむ。

『ごめんね、大丈夫だから』とか、『びっくりさせてごめん』とか、口にしたい言葉のかわりに軽くしゃくりあげが起こって。

土浦くんのブレザーの端をぎゅっとにぎりしめながら、ただ私は心が命じるがまま、ひたすらに泣いた。














>>>next

>>>back



inserted by FC2 system