きっかけは、俺が生徒からの避難場所に練習室の裏手を選んだことからだった。













Q and A -Answer from Kanazawa-














「………………………お…………?」



買って来た缶コーヒーを飲んでいた俺は、なにか小さな違和感を感じて周囲を見回した。










(あぁ、このヴァイオリンの音か)






この学校の練習室は防音や空調の設備が一応ではあるが施されている。

だから音の響きや空調の利きぐあいを考えて利用者はほとんど窓を開けず、聞こえてくる音もぼんやりとかすんだものばかりだったから、
すっかり開け放された窓から響くヴァイオリンの音色がひどく新鮮に思えたのだ。






(あれは………、か?最近カオ見ないと思ったら、こんな所で練習してたのか)




ふいに好奇心が湧いてそっと部屋の中を覗いてみると、そこにはこちら側に背を向けた格好で、2年のが一心不乱に練習していた。
セレクションが始まってから数日間、の姿は校内のいたるところで見ることが出来たが、
もうここ2、3日はぱったりとその姿を見なくなっていた。
どうやら最初の数日にファータを(と、いうより楽譜を)集められるだけ集めて、ここに籠って練習に励んでいたらしい。






(おーおー、すっかり肩肘張っちまってんな。せっかく技術は上がってきてんのに)




最初のころのまさにド素人という呼び方がふさわしかった技術は荒削りではあるが
確かに上がってきているのに、が奏でるガヴォットはどこか固い印象を俺に与えた。






「お………もうこんな時間か」




ふと腕時計に目を落とすと、その長針は職員会議の始まる10分前を指していた。



(やれやれ、教師ってのは辛いねぇ)



そうひとりごちると、俺は空き缶を持って立ち上がりぶらぶらと校舎へ歩きだした。
『また機会があれば来てみるか』、そんなことを考えながら。
















それから俺の練習室通いはなんとなく日課になっていた。


が使っているらしい練習室の窓はいつも開いていて、まだ拙いヴァイオリンの演奏がこぼれ落ちてくる。
その音色の下でぼんやりと過ごすのがここ最近の俺の放課後だった。




(なんだ、この部分の苦手意識はなくなったのか?)



じゃれついてくるウメさんをかまいながら、以前が練習していた『メロディ』の演奏を思い返してみる。
ついさっきの一小節は確か、が何度も何度もミスをしてはやり直していた箇所だったのに、
今はややぎこちなさがあるが、前よりはだいぶと聞きやすい仕上がりになっていた。




「よくやるなぁ、は。なぁ、ウメさん?」



正直言って、の努力には内心舌をまかずにはいられない。

『コンクール始まって以来、史上初の普通科参加者が実は全くの素人だった』という噂は
少なからず音楽科を動揺させ、への風当たりを強くさせた。
謂れのない非難や中傷、好奇の視線は傍から見ていても厭わしいものばかりで。

それでもその汚泥のような悪意をはねのけ、は日々奏でるヴァイオリンの音を少しずつではあるが良い方向へと進化させている。
その事実は純粋に教師としての、また音楽に触れている者としての俺を喜ばせた。




(まぁ、にこれ以上望むとしたらそれは――――――…………)


最終下校時間15分前のチャイムの音が、そんな風につらつらと考えていた俺の耳を打った。
それを合図にして俺はウメさんを抱き上げ、ちょうど吹いてきた強い風に目を細め―――――…



「うぉっっ!?」

――…た瞬間、俺の視界を白いものが覆った。

反射的にのばした右手で掴み取ってみれば、その物体は2枚の楽譜だった。
大方、が部屋の外へ出ようとでもしてドアを開けて、風の通りが急激に良くなったってところだろう。



「ったく、しゃあねぇな……………」


ぺたぺた、とサンダルを鳴らしながら歩き、そろそろ声でもかけようかと思ったとたんに、ひょいとが顔を出す。



「おー、。この楽譜お前さんのか?俺の顔面めがけて飛んできたんだが。」



ありがとうございます、と礼を言うの声を聞きながら、俺はじっと自分が拾った楽譜に目を落とす。
思いのほか丁寧な字でちょこちょこと書きこまれている注意点やなりの曲の
イメージらしい短い文を目で追ううち、思わずポロリと口をついて出た言葉があった。




「――――――――………お前さん、ヴァイオリン楽しいか?」


“立ち入りすぎだ”と心のどこかが注意するが、俺はその声を無視して答えを待った。





「……………正直に言うと、まだそこまで行く余裕はないですね。他の参加者の人とは実力の差がありすぎるのは分かってるんです。」




は淡々と自分が置かれている状況を挙げていった。
途中、話し続けるべきかちらりとこちらの様子を伺ったので、手で続きを促す。




「――――――……せっかく目の前に転がってきた新しい世界を、ろくに知りもしないまま手放すことなんて、嫌なんです。」



俺はその時、不覚にも堂々と啖呵を切ってみせたに惹きこまれていた。





(あぁ、だからこいつはこんなにも)



そう考えているうち、つい俺はぐしゃぐしゃとの頭をかき回していた。



「ちょ、せんせっ!?」

思いがけず頬がゆるんでくるのを感じながら、それでも俺はのサラサラとしたクセのない髪を撫でた。



俺のこの言葉ではとても表現が出来そうにもない気持ちが、この手のひらを通して
に伝わってはくれないだろうか、そんな馬鹿げたことを考えながら口を開く。







『上手くなるためにではなく、誰かに聞かせるために弾いてみろ』
『そうすれば、きっとお前さんのヴァイオリンはもっと多くの人を惹きつけるはずなのだから』


――――――――――――――――――――………………そんな思いに駆られて。










と窓越しに会話したその次の日から練習室からあのヴァイオリンの音色はほとんど聞こえなくなっていき、
それと反比例していくように校内のそこここで高らかにその音は響くようになっていた。

放課後のあのひとときがなくなってしまったのは正直に言うとかなり惜しかったが、
の演奏が成長するためだと思えばなんでもないことだ。














あの一件以降、俺はぶらりと校内をうろつくことが多くなった。

絶えず楽器の音色が鳴り響いているこの広い学院の中を、火原のトランペットが響くエントランスを、
月森や志水が練習に没頭している森の広場を、人々の賞讃を浴びながら演奏する柚木がいる講堂を、
まるで求めているものを探すように耳をすましながら俺は歩いた。









時折、自分の中に浮かんで来る問いがある。


『何故 俺はこんなにもの音に惹かれてやまないのか』


腐っても音楽教師だからか?それとも、音楽に多少なりとも触れる者として?



どちらも合っている気もするし、間違っている気もする。

だが、これ以上の答えを求めるのはどこか恐ろしくて、俺はいつもそこでこのくりかえし行われた自問自答を無理やりに打ち切っていた。











――――――――――――――――そう、あの時までは。























第1セレクションが終わり、第2セレクションが残り一週間を切った辺りから、がよく音楽準備室に顔を出すようになった。

“相談”なんだそうだ、に言わせると。

は解釈のやり方を尋ねたり音楽史についてのお勧めの図書を聞きに来たり、自分の演奏を聞かせに来ては感想をねだったりもした。


それまであてもなく校内をうろついていた俺だが、何度か息をきらしながら俺を探しにくるを見てからは
自然と仕事を音楽準備室で仕事をするようになり、以外にもちらほらとやってくる生徒の相手を渋々ながらするようになっていた。















「あっ、ねぇねぇ金やん!ちょっとインタビューさせて欲しいんだけどいいかなー?」

「あのな天羽、今は昼休みじゃないぞ。お前さんには授業があるんだから、んなもんに答えてる時間はねぇよ」

「そりゃ分かってるよ。だからさ、今日の放課後とかどう?もうすぐ最終セレクションだし、関係者の声が聞きたいんだよねー」



3限目の休み時間、天羽に取っ捕まった俺は2階の渡り廊下でインタビューの交渉を受けていた。
自称ジャーナリストの卵の力の入った口調に多少微笑ましさを感じながらふっと階下を見ると、
中庭のベンチに座っているとその友人の姿が目に入る。
何ごとか話しながら楽しそうに笑っている足下には、もう見慣れてしまったヴァイオリンケース。



「あーもう、しょうがねぇな。分かったよ、インタビューさせてやる」

「え、ホントに!?やった、サンキュ金やん!!」

「ただし、昼休み限定な。何かと忙しい身なんだよ、これでもな」





インタビューを承諾した途端に急に現金な態度になった天羽は、次は体育なのだと言って慌てて去っていった。
どうやらそれはの友人も同じだったらしく、自身はのんびりと次に練習でもするらしい楽譜を眺めている。




(………………お、土浦じゃないか)

次は授業が入っていなかった俺は天羽たちのように特に焦ることもなく、
ゆったりと柵によりかかりながら何やらに話しかけている土浦を眺めた。





「今度は―――…だろ?俺は―………」


切れ切れに聞こえてくる会話からすると、選曲についてでも話しているのだろうか。

(そういえば土浦は黎情系が得意なジャンル、だったな。まぁ、あいつのイメージにぴったりだが)




そのとき、風向きが変わったのかとぎれがちだった会話がやけにはっきりと聞こえだした。


「うん、そうだね。そういうのも、いいかもしれないね――――……今度弾いてみようかな、それ」

「お、いいんじゃないか?ある程度弾けるようになったらまた合奏せてみようぜ」

「ん、分かった。それじゃ土浦くんに負けない位に頑張って練習するからね」

「―――――………あ、のさ。お前のこと、って呼んでも………………」

「え、なに?ごめん、聞こえなかった」

「……………いや、なんでもない。あまり気にするなって」





そんな会話を聞きながら、俺は黙って元来た通路に背を向けて歩きだした。
















「……………なんだ、また来たのかお前さん」
「えぇ、まぁ。それより先生、質問いいですか?」


その日の放課後、は質問にやってきた。
いつものように学生鞄と、大事そうにヴァイオリンケースをさげて。



、タイミングいいなー。ちょうど今コーヒー入れたとこだ、お前さんも飲むか?」

「飲みます!」



ミルクやら砂糖やらと注文をつけるの声に思わず笑い声をもらしながら、俺はコーヒーサーバーからポットを取り上げた。
一昨年の忘年会でもらった水玉模様のマグカップを棚から出すと、ゆっくりとコーヒーを注いでいく。

水玉模様なんていう柄を三十路過ぎの男が使うのはさすがにキツいものがあるだろうと
棚の奥深くに眠らせておいた代物だが、が来るようになってからはなんとなくなりいきで“専用カップ”になっている。





に会ってから多かれ少なかれ影響受けちまってるなぁ、俺)



少し苦笑しながら、コトリとの前にすでにコーヒーフレッシュを入れておいたマグカップを置く。


「悪いな、スティックシュガー切らしてんだ。フレッシュだけで我慢してくれや」

「あ、いいですよー。………ありがとうございます。」


はマグカップを両手で包むように持つと、ふうっと息を吹きかけてから一口、こくりとコーヒーを飲んだ。
次の瞬間、ハタから見ても分かりやすいほどにの顔がほっとゆるむ。
その様子を眺めながら、俺もゆっくりとコーヒーを飲んだ。



「なんだお前さん、急にニヤニヤして。……………ま、いいか。で?今日は何の用だ?」

「えーと、スラヴ舞曲の楽譜を見せてもらえませんか?あと………………」





   スラヴ舞曲。作曲者は――――――――――……………

                  (………………………………ドヴォルザーク、か)




の言葉をどこか遠くに感じながら、俺の脳内にさっき切れぎれに聞こえてきた会話がよぎっていく。

『今度は――――……だろう?俺はドヴォル―――……』








(土浦のため、なんだろうな。)


「……………なぁ、お前さん覚えてるか?最初のセレクションのこと」

しばらく世間話をしているうちに、気がつくと俺は第1セレクションの時の出来事を話題にしていた。


「最初って………あの楽譜拾ってもらった時、ですか?」

「覚えてたか?そうだよ、あの時だ。」


自分でも何をくっちゃべっているのかと思う。

だが俺の口は意識とは裏腹にぺらぺらと第1セレクションでの出来事を喋ってしまっていた。
会場は最初、への中傷や揶揄する声が少なからずあったこと、
でもそれらはが弾きだした途端にまるで水を打ったかのようにぴたりと止んでしまったこと。
技術力の高さは月森や志水と並ぶ………とまではお世辞でも言えなかったのに、
それでもは初参加ながらも6人中3位という好成績を自力で掴み取ったのだ。





(技術力や表現力うんぬんじゃない。きっと観客も――――……俺も、お前さんが演奏に込めた“想い”に惹かれたんだろうなぁ、



「……………あぁそうだ、俺もお前さんの演奏楽しみにしてるうちの1人だからな?」



そんな言葉で話をしめくくると、何故かがひゅっと短く息をのんだ。




(…………………………………………………?)


特に変な意味を込めたつもりも、おかしなことを言ったつもりもない。
の反応を不思議に思いながら、俺はが小さく音を立ててマグカップを置き、意を決したようにして口を開くのを見守った。






「……………先生。私、弾けてますか?誰かに聞かせるための、ヴァイオリン」




そっと、戸惑いがちにが押し出した質問に、俺はふっと笑みを浮かべた。



………………弾けているか、だって?そんなもん、決まってるだろうが。






「――――――……あぁ。その相手がうらやましくなるよ。お前さんがどれだけ大事に思ってるかが伝わるだけに、な」


そう答えながら、ふっと脳裏に土浦の顔が浮かんでは消えていく。


ガタリ、とパイプ椅子が動く音に視線を上げた俺の目に、ツカツカと歩みよってくるの姿が映った。
手をのばせば引き寄せてしまえそうなまでに近いその距離に、我知らず心がざわめくのを感じる。




「……………………………おい、?どうし……………」

「先生。その私が大事に思ってる人が誰か、教えましょうか」



その言葉の意味を深く考える間も与えずには俺の白衣を手荒く掴むと、吐息が溶けあうまでに近くその唇を寄せてきた。

つかの間、視線が絡み合う。
俺はの視線から感じる熱、その強さに圧倒され、後に思い返してみてもかなり間の抜けた声がこぼれるのを止めることが出来なかった。


「……………………な………………?」


(あぁ、まずい)

惹きつけられて、引き寄せられて。

(このまま行けば俺は、)




まるで電流のように駆け抜けたその思いに呆然としながら、俺はの顔がゆっくりと離れていくのをただ見つめていた。


「――――――………あなたのことですよ、金澤先生。練習している時も、セレクションで演奏している時も、
私がヴァイオリンを演奏している時はいつだって、先生のことを想いながら弾いているんです」


の言葉だけ聞けば、それはあくまで“なついている教師”に対するものだと取れなくもないだろう。

だが、の起こした行動や声、それになによりその瞳に込められたの想いが、はっきりとその可能性を打ち消していた。






、俺は…………………」


そこまで言ってから、俺は無意識に口走りそうになった言葉に愕然として、思わず口をつぐんでしまった。





(俺は今、何を言おうとしていた?)

の想いに答えようと―――――――応えたい、と)



「あぁ、別に今すぐここで答えが欲しいんじゃないんです。先生も混乱してると思うし、
私も………………正直、そこまでの余裕はないですし。」




俺の内心を知らず、は半ば自嘲気味に笑ってみせた。
ふっと下へ降りたの視線につられて目線を下にやると、つかの間俺は目を見開いてしまう。




(………………………………………………………………………あ)

に握りしめられたままだった白衣の襟元がかすかに揺れている。
いや、俺の白衣だけではない。ぎゅっと改めて掴み直されたの右手も、カタカタと音が鳴りそうなほどに震えていた。


「また質問来ると思いますけど、自分の気持ち、とか。
そういうの、なるべく出さないようにしますから。だから……………避けないで、下さい」




ひとこと、ひとこと、区切るようにしてそう呟いたは、かすかに息を吐いて俺からすっと一、二歩離れた。


「――――――――ちょ、」

「…………っ、今日はもう帰りますね。コーヒーごちそうさまでした!」


ちょっと待て、と制止しようとした俺の声は、が突然あげた声にかき消された。


「あっ、おい待て!」



くるり、と後ろを向いて出口へ行きかけたを、俺は腕を慌てて掴んで引きとめる。
このまま黙って見送れば俺は“大切な何か”を失ってしまう、そんな気がした。



「ったく、言い逃げはねぇだろうよ、普通。……………あぁ、振りむくな。そのままそっち向いとけ。」



反射的に振り返りそうになったを、俺は内心焦りながら止めた。




(見られてたまるかっての、こんな表情。)

。お前さんのせいだぞ、分かってんのか?



「――――――………今から俺は独り言言うから。お前さんは黙って聞き流せよ?」

「…………………………は、い」















「俺はな、第1セレクションからこっち、ずっと参加者の練習してる所やら、演奏してる所に立ち会って聞いてきた。」


昼休みも放課後も、時には休日の公園や駅前通りで響き渡ったいくつもの音色。
月森や志水の技術に裏打ちされた確かな演奏でも、土浦や火原や柚木の華やかな演奏でもない。


「―――――……なんだかんだで誰かさんが音を聞かせに来るのを楽しみにしている自分がいたんだよ、困ったことにな」


いっそ、あの時にの音に気付かなければ良かったとまで思う。
でも、俺は気付いてしまった。
の奏でる音色に、俺の心を占めるの存在の大きさに。


「…………………………………………………………………ッッ!!」


言葉を続けようとした途端、はビクリと体を震わせ、やみくもに俺の手を振り放した。


「先生。すみません、これ以上聞ける余裕ないです、私」


必死で命綱に縋りつくかのようにヴァイオリンケースを抱えたは、その両目にうっすらと涙をにじませていた。
すぐにパッと顔をそむけたかと思うと、今度こそ俺に背を向けて準備室を飛び出していく。


「…………………ッ!また、来いよ!!」


扉が閉まる前のほんの一瞬、思わずそう叫んでいた俺は、ずるずると椅子に座り込んだ。




「おいおい、マジかよ…………………」


のとった行動・言動にも驚いたが、一番驚かされたのは俺自身の行動・内心だった。
さっきを引きとめた右手を閉じたり開いたりするのをただぼんやりと眺めていたが、
しかし俺の心中は決して穏やかなものではなかった。




(なぜ俺はあいつを引きとめたんだろうか)
(なんでは急にここを飛び出して行ったんだ)



何故、なんで、どうして。脳内を駆け巡る大量の疑問符の嵐に翻弄される。




(―――――――――――――――――――――………………………でも、一番の問題は)



への想いを自覚し、覚悟をすでに決めてしまった自分がいることだ。




















『――――――……生徒の呼び出しをします。普通科2年の
まだ校内にいるなら速やかに音楽準備室の金澤のところまで来なさい。繰り返す―――…』











コンコン、という軽いノックのあと、がやや仏頂面で入ってきた。


「……………失礼します。金澤先生、なんのご用ですか?」
「おぉ、ご苦労さん。まぁ 座れや。」



目の前にあるパイプ椅子を勧めると、は少しためらうような素振りを見せてからおずおずとそこに腰掛けた。
俺は持っていたファイルを開き数枚のプリントとレポート用紙を取り出すと、に手渡しながらこう言った。





「朝なー、急だったが参加者に集まってもらったろ?お前さんが少し遅れたからこれ渡しそびれちまってな。
だから、こうして来てもらったっていうワケだ。」

「え、別にわざわざ放課後に呼び出さなくても、休み時間とかに呼び出せば良かったんじゃないですか?」

「――――――……そうするとお前さんは授業を理由にして逃げちまうだろ、?」



じっと見据えると、はハッとした表情を浮かべて呟いた。


「………………………職権濫用。」

「これぐらいは許容範囲内だろ。お前さんが俺を避けてたせいだ、自業自得だと思って付き合えよ?」






俺にとって、そしておそらくはにとっても衝撃的だったあの日から、
は自分が言った言葉に反して、目に見えて俺を避けるようになった。
以前は廊下ですれちがえば、あいさつを交わしたり少し世間話をしていたものだが、
今ではさりげなくも完璧なまでに視線を逸らされ、事実上がここへ来たのは軽く2週間ぶりだ。













と関わることのなかった14日間。
決して短くはないその日々の中、ゆっくりと俺自身の気持ちと向き合うことが出来たことだけはに感謝すべきかもしれない。



「さて、まずだな。――――――……コンクール、お疲れさん。
最終セレクションでのユーモレスクは特に素晴らしかった。俺としては、総合優勝してもおかしくはないと思ってたんだが
…………ま、あのメンツから準優勝かっさらえただけでもたいしたもんだ。おめでとう。」

「…………………ありがとうございます」



どうやら予想外だったらしい俺の言葉に、は戸惑いながらもペコリと頭を下げた。


(…………………………………あ、)


ちらりと見えたその耳の端が赤く染まって見えたのは、俺の錯覚だろうか。







「で、だ。少し確認させてもらうが―――――……2週間前のあれは告白、と取っていいのか?」



その瞬間、ガチリと音を立てそうなまでに固まったの様子を見て、俺は性急になりすぎた自分のやり方に内心 舌打ちをした。



(なにを焦ってんだ、俺は……………)

「あれはっ……………………」


そう言ったきりは口をつぐんでしまった。
その瞳の中には、絶えず何かと葛藤する光が揺らめいている。


。俺はな、あのことがあってからいろいろと考えてみたんだ。俺の中のお前さんの存在、って奴にさ。」





















「最初、お前さんの音がこんなにも気になるのは俺が教師だからだと思っていた。
だから、ずっとお前さんの音を耳が追ってしまうんだと。―――――でもな、それは間違いだった。
……………、俺はお前さんのそばにいたいっていう気持ちを、音楽家として成長していって欲しいという願いとすりかえちまってたんだ。」







そう、きっと意識しだしたのはが1人練習室にいたのを見つけた時から。
そのころから俺はお前に強く惹かれていたのだと言ったら、こいつはどんな顔をするのだろう?





「…………………おい、そろそろ反応らしい反応を返してくれないか?さっきからずっと固まってんぞ、お前さん」


は口許を手で隠すように覆ったまま、放心しまようにただじっとこちらを見つめていた。


「だって……………なにか、パニくっちゃっって。」


その言葉に俺は小さく溜め息をついて見せる。


「あのなぁ…………お前さんが言うのか?それを。途中で逃げたとはいえ、あれだけのことやっといて。」


いくら俺でも、あのやり方には度肝を抜かれた。
だからこそ、あれだけの言葉でだんだんと顔を赤くさせてゆくがどこか新鮮にも、愛しくも思える。



「………………わ、若気の至りってことにしといて下さいっ!!」



そう言ってまたもや俺の前から逃亡を試みたの腕を、今度はしっかりと掴んで俺の白衣の中へと引き寄せた。
自分の腕の中にある暖かく柔らかい大切な存在を周囲から隠すように白衣で覆い、俺はそっとその耳元で囁きかける。


「そいつは却下。――――――……俺は、本気なんだからさ。」



そう言ってに向かって笑いかけると、は頬を染めたまま、今にも泣き出してしまいそうな笑顔で俺に応えた。























「あー……………。頼むから早く卒業してくれや、



おずおずと背中に回る手を感じながら、俺はこう呟いた。



(どれぐらい俺の自制心が保つか知れたもんじゃねぇんだよ。…………お前さんのせいでな、。)












                        「


俺がその名前をちゃんと口に出すことが許される日まで、あと1年。
それまできっと、俺はが奏でてくれる俺への想いに、声なき声で応えていくのだろう。


















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>>>後書き
まず最初に………………………………金やん3月1日の誕生日おめでとー!!!!!
初めてやりましたよハピバ企画。なんとか間に合ってよかったです。
1日2日のタイムラグなんか気にしてたら女がすたりますよね、うん!←(うざ)
………………すいません、今深夜特有のハイテンションで文章がかなりウザいノリになってます('A`)

ほんと言うと、最初はもう前編のみで行こうかなーと思ってたんです。
でも執筆していくうちに、「あ、コレ金澤視点で後編書けないかな」とか思ってしまい、気付けばこんな長文に。
ちなみに当初の案では
・主人公がかなりの確信犯
・当て馬役(今考えてみるとひどい役回りだ)が土浦でなく柚木
・へたれな金澤と柚木が主人公に入れ込む三角関係話の予定でした。
やっぱ人間慣れないことはするもんじゃないですねwww

金澤への重すぎる愛を詰めてみたら、思った以上の長さになりました。
それでも金澤ファン、コルダファンの方に楽しんで頂ければ幸いです。



















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