妖精を見てしまったり、魔法のヴァイオリンを渡されてしまったり、それを弾いてコンクールに出るハメになってしまった高校2年生の春。
音楽の世界に入って、恋をして。かなり充実した日々の連続だった。





それからまた季節が巡って、やって来たのは高校生活最後の春と、ほぼ同時期の健康診断。







「あーぁ……………」




放課後の屋上で柵にもたれて検査結果を見ながら、溜息をひとつ。



「どうかしましたか、先輩」



そう尋ねてくる志水くんは、先ほどまで一緒に演奏していたチェロをあの大きなハードケースにしまっている最中だった。


「あー、いや、ね。楽譜しまおうとしたら鞄から出て来ちゃってさ、コレ」



ひらひらと厚紙を振り、私は苦笑する。


「健康診断の紙、ですか」
「うん、まぁ。……………体重はまだ許せるんだけど、身長がねー」
「身長………………?」
「うん、身長。志水くんはどうだった?かなり伸びてたでしょ」



去年の夏休みを過ぎた辺りから志水くんは成長期を迎え、春には168センチあった彼と私の目線の高さがだんだんと開いていた。
デートの時、多少ヒールの高い靴を履いても志水くんに追いつかないのだ、相当伸びていることだろう。



「えぇと………10センチくらい、伸びました」



ぱちん、と止め金を掛けながら首をかしげる志水くんは、特に自分の結果に対して思うところはなかったらしい。








私は、あった――――がっつりと、あった。


体重は、まぁいい。許容出来る範囲内だった。
(っていうか、志水くんと付き合うようになってからある程度は食事に気をつけるようになったので、2キロ弱痩せたし、むしろ万々歳だ。)




「身長がね、1ミリも伸びてなかったの……………!! 1ミリもだよ!?」



冬海ちゃんも、菜美だって1センチは伸びたって言ってたのに………………!!



「成長期的にも今年がラストチャンスだと思ってたのにさー、ほんとに残念。」
「そんなに身長伸ばしたかったんですか、先輩。」



何センチでしたっけ、と尋ねてくる彼に溜息混じりの声で「157センチ」と返す。


「170センチのモデル体型!…………とまでは贅沢言わないけど、せめて160センチ代までいきたかったなー」


そうこぼしてから、私は背中を預けていた柵から離れて、志水くんの座るベンチに立掛けておいた鞄を取り上げる。








「…………………僕は、先輩はこのままの身長でいいと思います。」


溜息の元凶である用紙をファイルにしまい、鞄のチャックを閉めた瞬間に、私はぐいっと志水くんに腕を引っ張られた。


「………………へっ!?」






思わずまぬけな声をあげてしまった私を、志水くんは自分の脚の間にぽすんと座らせる。
そして私の身体の前に両腕を回して、ぎゅっと私を抱きしめた。




(…………………あ、志水くんの、においだ)




お日様によく当ててふかふかにしたお布団のような、いや、お日様そのもののような優しくて落ち着く香り。


そんな香りを漂わせながら、志水くんはこう言った。




「…………こうやって先輩を抱きしめると、僕の腕の中にすっぽり収まって、先輩のいいにおいがして……とても落ち着くんです。」
「そう………なの?」
「はい、とても。」





なんなんだこの子は、天性のホストの素質でもあるのか。
あまりにもストレートな言葉に、だんだんと顔に熱が集まっていくのを止められない。



「…………あ、抱き心地の良さだけじゃないです。」



ふいに、何かを思いついた風にひょっと、志水くんが首を曲げて私の顔を覗きこんだ。



「それも理由のひとつで、だからこのままの身長がいいっていうのもありますけど…………僕は、先輩のことが好きですから。だから先輩に………こうやって触れたくなるんですね、きっと。」





いかにも納得したようにそう言うと、彼は私が大好きな、あのヒマワリのような笑顔でにっこりと笑った。









――――――あぁ、まずいな。トドメ、刺された。






「……………先輩。どうかしましたか?」
「――――………志水くん」
「はい」
「それって、反則だって分っててやってる…………?」
「……………………?なにが、ですか?」






きょとん、とした様子を見て、ひょっとしたら私はとんでもなくすごい人を恋人にしているのではないかとつくづく思う。





天然だからこそ、なのか。
何事にもまっすぐな志水くんから放たれる言葉には力があると思う。



――――――さしずめ、天然最強タラシって、トコ?




「………………ん………」




ぐらぐらと沸騰しそうな脳味噌でそんなことを考えている私を尻目に、その最強タラシくんは私の肩に顔を埋めて、うとうとと寝入ってしまった。

私は、はぁ、とひとつ溜息をつくと、ねこっ毛のくせに意外と指通りのいい志水くんの髪を梳くようにして撫でる。









身長がどうこう、といった話はもうとっくに私の頭のどこか遠くへ飛去ってしまった。





音楽とチェロさえあればそれでいいのだと、そう言い切っていた彼が、その心の中にそれらと同じくらいに『私』のスペースを作ってくれている。

そして私の音を、私を大事だと言ってくれる。





――――それ以上に、なにを望むことがあるだろう?









ふっと微笑むと、志水くんの胸に私は軽くもたれかかった。



あとしばらく。もうしばらくは、こうして志水くんとこのまどろみの時間を過ごしていようと思う。




「――――――……おやすみ、志水くん。」






――――――………どうか彼が目覚めた時にもう一度、あの太陽の花のような笑顔が見れますように。






         Sleeping Sun Flower



END


back?








 
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>>後書き
復帰第2作目です。今までに比べるとわりといいスピードでできたと思います。
もっと普段からこういう風に書けたらいいのに、な……………(遠い目)
志水にはなんか屋上っていうイメージがあります。無印でもそういうイベントあるし。

今回は少し短めになりました。拍手お礼にしようかと思いましたが、せっかくなのでUPしてみました。
志水好き&私と同じく志水には屋上が似合うと思う方に楽しんでいただければ幸いです。






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